『100%幸せな1%の人々』を徹底解剖①幸せな人生を送るために

「100%幸せな1%の人々」とは、思いを持たず、今、恵まれていることに気づいて、感謝をしている人々です。

今回からは小林正観さん著書『100%幸せな1%の人々』から気づかされた数々の名言を紹介していきたいと思います。

この本は、私にとって『嫌われる勇気』と共に人生のバイブルとして大切に持っている本です。

『嫌われる勇気』については以下の記事を参照ください。
話題の「アドラー心理学」を徹底解剖①~目的論~
話題の「アドラー心理学」を徹底解剖②~ライフスタイル~
話題の「アドラー心理学」を徹底解剖③~すべての悩みは対人関係~
話題の「アドラー心理学」を徹底解剖④~人生は他者との競争ではない~
話題の「アドラー心理学」を徹底解剖⑤~課題の分離~
話題の「アドラー心理学」を徹底解剖⑥~共同体感覚~

 

どうも、キャナナ(@kyanana1777)です。

今回からは再びアドラー心理学のときのように何回かに分けて詳しく解説していこうかなと思います。
小林正観さんは幸せな生き方について独自の思想を持っておられるので、見る方によっては少し宗教っぽいと感じる方もいるかもしれません。

アドラー心理学はとても論理的で、「なるほど。」と納得しやすいのですが、この正観さんの言葉は逆に確証のとれないものが多いです。「え~?ほんとに~?」と思いつつも、「でももしかしたらそうなのかも。」「もしそうだったらちょっとおもしろいな。」と思えるような内容なので、疑いながらも楽しんで読んでもらえたらいいなと思います。
私としては正観さんはすばらしい人だから崇拝しましょう!とか、この本の通りにやれば幸せになれますよ!とかそんなことを言うつもりはさらさらなく、「そんな考え方もあるのだなぁ」くらいにやんわりとらえていただいて、自分の人生にちょっとした気づきを持ってもらえるとうれしいです。

 

宇宙には、幸も不幸も、そういう現象は存在しない

 

感情というものは個人が所有するものです。

例えば
野球の阪神VS巨人戦で、たまたま阪神が勝ったとします。
阪神ファンは大喜びするでしょうし
巨人ファンはめっちゃ悔しがるでしょうし
そもそも私のように野球に興味がない人はどっちが勝とうとどうでもいい。と思うでしょう。

ただ「阪神のほうが得点を多く取った」という現象があるだけで、そこには何も意味はありません。
その現象に対してうれしいとか悔しいとかの感情を作り出しているのは自分ですね。
感情とは感じた人にのみ発生するものなのです。

このうれしいとか悔しいとかの感情と、自分は幸せだとか不幸だとかいう感情は実は同じ理屈です。

人生にはもともと幸せも不幸もなく、ただただいろんな現象が起きているだけなのに、自分で勝手に人生に意味づけをして、「私はなんて不幸なんだ」とか思ってしまっている。ということですね。

ここに幸せな人生を送るためのヒントが隠されています。

「幸せ」はどこかに行けば手に入るものではありません。
今この瞬間に、自分に起きたことやこれから起こることは「すべて自分が成長するために必要だった」と受け入れさえすれば手に入るものなのです。

つまり、何が起きようとそこに意味などないのだから、「私は不幸だ」なんて勝手に決めつけず、「身の回りに起きたことはすべて私にとって必要なことである」と考えることで、すべてが自分にとって良いこと・良かったことに変えられるよ。ということです。

 

どうせ現象が起こることは変えられないのなら、自分にとって良いように解釈したいですよね。

 

また、現象を悪くとらえることの弊害は、「なんで私だけ」「どうせ私なんて」とどんどん卑屈になっていくことです。
実は悪いことが起こったから不幸になっていくのではなく、自分でそれを悪くとらえることによって卑屈になっていくから、さらに悪いことを引き寄せてどんどん不幸になっていくという悪循環に陥るのです。

いじけてて卑屈で被害者意識満載で不平不満ばかり言うような人とは誰も付き合いたくないですよね。

 

逆に、人から見ても辛そうな現象が起きたとしても、決して悲観せず目の前の自分にできる最善のことを前向きに一生懸命がんばっている姿はどうでしょうか。
なんて強い人なんだとつい応援したくなりませんか?

現象の最初の受け止め方さえ、きっとこれは必要なことだったんだとプラスに受け取るだけで、その後の人生もきっとプラスの好循環になるんじゃないかなと私は思います。

スポンサーリンク

今ある幸せに感謝する

 

幸せになるには、ただ今ある幸せに気づくだけでいい。

幸せが足りないと感じる人は、今ある幸せを認識する力が身についていないだけ。

例えば
目が見えない人には、目が見えるだけでありがたい。
食料がなくて困っている人には、食べられるだけでありがたい。
重い病で動けない人には、健康であるだけでありがたい。

今自分が普通にできていること、当たり前にしていることが、ある人にとってはとっても幸せなことです。

 

今、目が見えていること、食べていること、健康であることに感謝したことはありますか?
こんな当たり前過ぎてなんとも思っていなかったことにも感謝できれば、なんともない日常も幸せに満ちた生活に思えるかもしれません。

なにも、目が見えてるんだからそれ以上のことは望むなとかそこまで言っているのではなく、ないものねだりばかりして幸せを求めるだけではなく、今持っている幸せにも気づいてみましょう。ということです。

 

「私に幸せをください」と念じたときに、神様は病気や災難やトラブルに誘うのかもしれない。
それは決していじわるをしているからではなくて、あたりまえの生活がどれだけ幸せなことだったのかを認識することができるよう。

 

これはなかなか面白い考えです。
「失ってはじめて気づく」とよく言われますが、当たり前の中で生活していると、いくら今持っている幸せに気づけと言われてもピンとこないと思います。
なので神様は、「幸せをください」と傲慢な人には、困った現象を与えることで、「ほら、どれだけ幸せだったかわかった?」と強行手段で気づかせてくれるのかもしれませんね。ちょっと手荒いですが笑

スポンサーリンク

100%幸せな1%の人々とは

 

この本のタイトルにもなっていますが、この1%の人々とはどんな人なのでしょうか?

病気やトラブルに見舞われることがなくても、いつでも幸せを認識できる人が、世の中には1%存在します。
それは「すべてを受け入れる」ことをしている人です。

「すべて受け入れる」とは、起きた現象にあらがうことなく、どんなことも「おかげさまで成長できました」と感謝しながら受け止め、ささいなことや当たり前の日常にも幸せを感じることです。

 

ここまでの領域にはなかなか行けそうにありませんが、そういう人は1%いるということですね。

 

幸せを感じられない人は、起こった出来事を否定して受け止めていないことが多いです。
「そんなはずない」「なんで私が」などと認めようとしないんですね。
そしてそこから目をそらして他のことをしたり、怒りを他にぶつけて受け入れようとしなかったり。

案外、素直に認めて受け入れたほうが実は楽に生きられるのかもしれませんね。
もう起こってしまった現象は変えられないですから。
と、いってもそんなに簡単に聞き入れられないかもしれませんが・・

このすべてを受け入れて幸せを認識する能力さえ身に付けることができれば、
「常に幸せを感じることができる1%の人々」の仲間入りを果たすことができる
と正観さんは言っています。

この本ではこの1%の人々になるための59の法則を解説しています。

さすがに59個全部やると長くなりすぎるので、私がピックアップしたいくつかだけをこれから数回にわたって紹介することにします。
ちなみに今回の記事の内容はこの本の「まえがき」部分だけで書きました笑

次回からは本格的に正観節?が出てきますので楽しみにしていてくださいね☆

では今日はこのへんで!

キャナナでした^^

 

 COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。

関連記事

『100%幸せな1%の人々』を徹底解剖④幸せを味わうには不幸が必要?

「日常のタスク化」で毎日を快適に確実に効率化しよう!

やる人はやれる理由を探し、やらない人はやらなくていい理由を探す

話題の「嫌われる勇気」を徹底解剖④~人生は他者との競争ではない~

話題の「嫌われる勇気」を徹底解剖⑥~共同体感覚~

「60分:60分:30分の法則」で毎日を有意義に